Share

8-9 小さな疑念 1

last update Last Updated: 2025-04-17 22:45:26

 今を遡る事2時間前――

「それにしても驚きましたよ。会長。突然日本へ戻って来られたのですから」

応接室に呼ばれた翔は鳴海グループの会長である鳴海猛と向かい合わせに座り、会話をしていた。

ここは鳴海邸。

突然一時帰国して来た鳴海猛が翔を邸宅に呼びつけたのだ。

「何故だ? いきなり日本に帰国すると何かお前に不都合でもあるのか?」

相変わらず威厳たっぷりに猛は翔に尋ねる。

「いえ、別にそういう訳ではありませんが」

翔は内心の焦りを隠しながら冷静に返事をする。

「まあ帰国と言っても一時的だ。中国支社にいたから、日本に久々に立ち寄っただけだ。2日後にはカルフォルニアへ行かなければならない」

「カルフォルニアですか。これはまた随分遠くへ行かれますね」

「ああ。最近あの地域は他の日本企業も多く進出しているからな。負けられない。実は現地で1500人の雇用を考えているのだ。どうだ、翔? お前カルフォルニアへ行く気はあるか?」

「え? そ、それは……」

(そんな、今の状況で日本を離れるなんて無理だ!)

「ハハハ……冗談だ。責任者は現地で調達するからお前は気にすることは無い。だがいずれはお前にも海外支社を任すことになるかもしれんな。この通り、私はまだまだ身体は元気だ。当分現役で働けそうだからな。まあ、もっともお前がこの先、より一層成長すれば引退を考えてもいいだろう。可愛い曾孫も産まれることだし」

猛は何処か目の奥を光らせ、翔を見た。

「そうですね。順調にいけば5か月後には曾孫を抱かせてあげることが出来ますよ」

動揺を隠しながら翔は笑顔になる。

「それで朱莉さんは沖縄にいるそうだが、何故だ?」

突然の核心を突いてくる猛の言葉に翔の全身に一気に緊張が走る。するとその時、まるでタイミングを見計らったかのようにドアをノックする音が聞こえた。

――コンコン

「誰だね?」

猛がドア越しに声を掛けると、外から女性の声が答えた。

『姫宮でございます』

「ああ、君か。入れ」

会長が促すとドアが開かれ、翔の新しい秘書である姫宮静香が現れた。長い黒髪に美しい容姿の女性だ。

「お久しぶりでございます、会長」

「ああ、そうだな。どうだ? 姫宮。翔の新しい秘書になって。何か意見はあるか?」

「はい、まだお若いながら中々のやり手のお方だと感じました。私もこの方の下で色々学ぶことが出来そうです」

姫宮は深々と頭を下
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Related chapters

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-10 小さな疑念 2

    プルルルル……駅に向かって歩いている時に朱莉のスマホが突然鳴り響いた。その音に驚いた朱莉の肩がピクリと跳ねる。「い、一体こんな時間に誰から?」朱莉は足を止めると慌ててスマホを取り出し、息を飲んだ。(そ、そんな京極さん? な、何故突然……)京極には明日電話を入れるとメッセージを送ってある。なのに京極から電話がかかって来るとは思ってもいなかった。(どうしよう……。このまま電話が切れるのを待つ? でもそうすると京極さんをますます心配にさせてしまう)仕方が無い。出るしか無いだろう。そう思った朱莉は通話をタップした。「はい、もしもし」『朱莉さん! ああ、良かった……やっと出てくれましたね。心配しましたよ。いつもすぐに電話に出てくれる朱莉さんが何コール鳴っても中々出てくれなかったので』受話器越しから京極の安堵の声が聞こえてくる。「申し訳ございませんでした」朱莉は素直に謝罪する。『朱莉さん貴女の顔を見ながらお話したいのですが』「すみません、今は無理です!」京極の提案に思わず朱莉は強い口調で断ってしまった。『え? 何故ですか?』京極の声は驚きと、何処か悲しみが含まれているように朱莉は聞こえた。「あ、あのすみません。きつい言い方になってしまって。じ、実は今外にいるんです」『え? 何ですって? こんな夜分にですか?』京極の声が何処か鋭くなった。そして脳裏に先ほど見た光景が蘇る。「あ、あのコンビニに来ているんです。何だかお酒が飲みたい気分になって……それで買いにマンションを出て来たんです」朱莉は必死で言いわけをする。『そうですか。だから外が騒がしいんですね。でも朱莉さん。あまり夜分女性が町中を歩くものではありませんよ? 特に朱莉さんは一目を引く容姿をしているのですから、変な男に声を掛け兼ねられない』「な、何をまたおかしなことを言うのですか? わ、私は平凡な容姿ですよ」『朱莉さんは自分がどれだけ魅力的な外見をしているのかご自分で気付かれていないのですね。もう一度鏡で良くお顔を御覧になってみて下さい』京極の言葉に、朱莉は違和感を抱いた。(え……? 京極さん、どうしちゃったのかな……?)今夜の京極は何だかいつもと違うように朱莉には感じた。「もしかすると酔ってらっしゃいますか?」『何故そう思うのですか?』「い、いえ。何となくそう思っ

    Last Updated : 2025-04-17
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-11 安西弘樹 1

     翌朝――朱莉は上野駅から徒歩5分程にあるウィークリーマンションで目が覚めた。1Kの6畳間に2畳ほどのロフト付きの部屋。1口コンロにバストイレ付。「フフ……何だか以前自分が住んでいた部屋みたい」いつも自分が過ごしてきたような広々とした部屋では無いが、朱莉にとっては何故かこの空間は居心地の良い部屋だった。「翔先輩と離婚が成立して、お母さんとまだ一緒に暮らせないなら、やっぱりこの位の広さの部屋に住もうかな」寂しげに言うと朱莉はベッドから起き上がり、着替えを始めた—― その後、近所のコンビニで朝食を買って部屋に戻り、テレビをつけた時にスマホに着信があった。相手は明日香からだった。朱莉はすぐにメッセージを開いて見た。『おはよう、朱莉さん。昨夜は無事に上野に着いたのかしら? 昨夜のうちに安西先生には連絡を入れておいたわ。9時には事務所が開いているそうだから申し訳ないけれども今日尋ねて貰える? お願いします』「明日香さん……」本当に明日香は以前に比べて別人のように変ったので朱莉は正直戸惑っていた。(それともこれが本来の明日香さんだったの……?)その時、朱莉の頭の中に翔と女性秘書が親し気に並んで歩いてい写真が蘇ってきた。朱莉は悲しい気持ちになったが、それでもあの女性秘書と翔が結ばれることだけは想像したくなかった。明日香を安心させる為にも、自分の為にも、何としても翔と秘書の関係を明白にしておかなければと改めて朱莉は思うのだった。9時になり、朱莉がウィークリーマンションを出ると外は冷たい小雨が降っていた。「あ、雨……。そ、それに肌寒い……。沖縄とは大違いね」朱莉は両手で自分の身体を抱きしめると、一度部屋に戻り、折り畳み傘と念の為に持って来たコートを羽織ると再び外に出た。そして玄関先で明日香にメッセージを打った。『おはようございます。これから安西弘樹先生の興信所へ行ってきます。また後程ご連絡致します』短くそれだけ打つと、朱莉はコートの襟を立てて傘をさすと住所を頼りに興信所へと向かった――**** 安西弘樹興信所――そこは上野駅不忍改札口から徒歩5分程の雑居ビルの3Fにあった。朱莉は雑居ビルを見上げながら呟いた。「まさか自分の人生の中で興信所を使うなんて夢にも思わなかったな……」このビルにはエレベーターが無かった。朱莉は狭い階段を上り、事務

    Last Updated : 2025-04-18
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-12 安西弘樹 2

    「え?」一体明日香は安西に朱莉のことをどのように説明したのだろうか?「とても愛らしい女性だと、だから羨ましいと明日香君が言っていましたよ?」安西はニコニコしながら朱莉に説明する。「え? その話本当ですか?」「ええ、本当ですよ」朱莉には信じられなかった。あの明日香が自分のことをそんな風に思っているとは今迄考えてもいなかったのだ。(明日香さん……私達これから少しずつ歩み寄っていけるでしょうか……?)朱莉は心の中で沖縄にいる明日香に問いかけた。「ところで、朱莉さん。ご主人の浮気調査と言うことでよろしいのですよね?」明日香はどうやら朱莉の夫の浮気調査と言う事で安西に話を持ちかけていたらしい。「は、はい。そうです。あまり長くは時間をかけられないので出来れば3日程で調べていただけないでしょうか?」(そうだ、安西先生に不審がられないようにしっかりしなくちゃ)朱莉は背筋を正しながら尋ねた。「実は今朝、明日香君から調査費用の前払いとしてすでに50万円受け取っているんですよ。いや~流石、売れっ子イラストレーターですよね? そこで既にうちの若いスタッフ2名に昨夜から調査を始めさせているんですよ。先程、連絡が入ってきたところです」安西は机の上に載っていたノートパソコンを手に取ると、再び朱莉の前に腰を下ろした。「どうぞ、御覧になって下さい」「は、はい」朱莉は恐る恐るPC画面を見た。そこには翔と新しい女性秘書が立派な門の前でベンツに乗り込もうとする写真が映っていた。写真を見る限りでは夜のようである。「!こ、これは……?」朱莉は息を飲んだ。「これは鳴海邸の前でうちのスタッフが取った昨夜の写真です。どうも何処かのホテルで開催された記念式典に参加したようですよ。ああ、そうだ。こちらの写真も御覧になって貰わなくてはなりませんでしたね。少し、失礼します」安西は朱莉の側でPCを操作すると、次の写真を出した。そこに写っていたのは……。「え! も、もしかすると鳴海……会長……?」一度しか会った事が無かったが、画面に映る顔には見覚えがあった。実は朱莉は少しでも鳴海家の会社について学んでおこうと思い、ビジネス雑誌に鳴海グループの特集が組まれていた際には購入して読んでいたので顔はよく覚えていたのだ。圧倒的なカリスマ性、まるで鷹の目のような鋭い瞳……。画面を食い入

    Last Updated : 2025-04-18
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-13 秘密の告白 1

    「あ、あの…私では判断することが出来ません。申し訳ございませんが安西先生から明日香さんに話を聞いていただけますか? お願いします」朱莉は契約結婚の秘密を話していいのかとても自分では判断を下すことが出来なかった。(だって翔先輩からこの契約婚はビジネスだと言われたから……!)朱莉はその時のことを思い出し、悲しい気持ちになってしまった。下を向いて俯いてしまった朱莉を見て安西は声をかけた。「何か深い事情がありそうですね……。いいでしょう、私から明日香君に連絡を入れてみますよ」そして安西はすぐに明日香にメッセージを打ち込んで送信し終えると朱莉を見た。「すぐに返事が来るかどうか分かりませんのでこちらで調べて今現在分かっていることを報告させていただきますね」「はい、よろしくお願いします」「今のところ、鳴海翔さんと秘書の女性、姫宮静香と言う女性とは特に親しく交際しているような雰囲気は無さそうだと調査員として動いているうちの若いスタッフがそう報告してきていますね」「そうですか」朱莉は胸を撫で下ろした。「ですが……少し気になる情報を入手いたしました」「気になる情報……ですか?」安西の言葉に朱莉の胸がドキリとした。(そう言えば翔先輩は新しい女性秘書の存在を九条さんには内緒にしていたと言ってたっけ……。そのことと何か関係があるのかな……?)その時。「おや? 明日香君からメッセージが届きましたよ。どうやら電話で私と話したいらしいですね。朱莉さん。すみませんが明日香君と話をしている間、少し席を外していただいてもよろしいですか? 個人情報に係わる話が出てくるかもしれませんので」「はい、分かりました。では一度外に出ていますね。丁度向かい側に本屋さんがあったのでそこにいます」朱莉は一度事務所を後にした。**** 本屋さんで雑誌を手に取ってパラパラとめくってみるも、明日香と安西の話の内容が気になって、少しも内容など頭に入ってこなかった。何度目かのため息をついたとき、突然背後から声をかけられた。「朱莉さん。お待たせしました。話が終わったので事務所に戻りましょう」「はい」事務所に着くと、安西がコーヒーを淹れてくれた。事務所にはコーヒーの良い香りが漂っている。「いい香りですね……」朱莉はコーヒーの香りを吸い込む。「ハハハ……実は私は少しコーヒーにうるさ

    Last Updated : 2025-04-18
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-14 秘密の告白 2

    「あ、あの明日香さんからは……何所まで話を聞かされたのですか?」朱莉はギュッと両手を握りしめると尋ねた。「どこまで……と言いますと?」安西が静かに尋ねた。「私と翔さん。そして明日香さんとの関係です……」朱莉は声を震わせて答えた。「ええ、聞きました。朱莉さんは契約妻なんですね。本当の夫婦のような関係にあるのは明日香君と鳴海翔さんだと言うことも。朱莉さんは大変な役目を引き受けたのだと思いましたよ」「あ、あの! 私は……」朱莉が言いかけたところを安西が言葉を重ねてきた。「安心して下さい」「え?」「我々調査員は絶対に依頼主の情報を何処かに漏らすような真似は絶対にしません。ましてや明日香君は私の教え子でもある。そこは安心して下さい」安西の目は優し気に朱莉を見つめていた。「電話で明日香君が貴女に悪いことをしたと泣きながら言っていましたよ」「明日香さんが……」「沖縄に戻ったら話がしたいと言ってました」「そうですか……」(明日香さん……)朱莉は明日香との距離が少し縮まるのを感じた。「さて、朱莉さんと翔さんが仮の夫婦だとなると、ますますそのメッセージが怪しいことになりますね。恐らくメッセージを送った相手は明日香君と翔さんの関係を知っている人物と言うことになります。何せあのメッセージを朱莉さんでは無く、他でも無い明日香君に送ってきたのですから」「そうですね。普通に考えれば私にメッセージを送ってくるはずでしょうから」「ええ。それで一つ気になる点があります」「気になる点ですか……?」「ええ。実はこちらの秘書の女性についてです」「秘書……姫宮さんのことですか?」「ええそうです。実はこの女性、調べたところ鳴海グループの現会長の秘書を以前していたようですね」「え!? ほ、本当ですか!?」朱莉はその言葉に衝撃を受けた。「ええ。こちらでこの女性のことを調べていたらある記事を見つけたんです。3年ほど前の記事になるのですが」言いながら安西はPCを操作すると、朱莉に画面を見せた。「ほら、この映像を見て下さい。会長の写真ですが、その背後に立っている女性です」「え……?」すると会長の背後に立っていた女性は姫宮静香だった――****何所をどう帰って来たのか、気付けば朱莉は今賃貸中のウィークリーマンションに帰りついていた。安西が見せてくれた画

    Last Updated : 2025-04-18
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-15 朱莉の大胆な行動 1

     朱莉は鳴海グループ総合商社にやって来た。手には大きな花束を抱えている。ここに来るのは朱莉が面接試験を受けに来て以来。正に1年ぶりだった。目の前にそびえたつ巨大な高層ビルを見上げながら朱莉はポツリと呟いた。「相変わらず、凄い会社……。でも世界中にある会社だもの。大きくて当り前ね」(こんなに大きな会社じゃなくても、いつか私も何処かの会社で正社員として働いてお母さんと暮せたらいいな……)朱莉は意を決すると、ビルの中へ入り……すぐに行き詰ってしまった。(どうしよう、勢いで会社まで来てしまったけど考えてみれば偶然翔先輩が出てくるはずも無いし……会えるはずなんてそもそも無かったのに……)朱莉は今更自分の取っている行動が無謀だと気が付いた。(こんな時、九条さんがいてくれれば……)そこまで考えて朱莉はすぐに考えを打ち消した。(馬鹿ね、私ったら。今何を思ってしまったのだろう)琢磨はもうこの会社にはいない。翔にクビを言い渡されてからは一切音信不通になってしまったのだから。今現在どこで何をしているのかも朱莉には分からないのだ。「これ以上私に関わればもっと迷惑をかけてしまうに決まってる。だから、きっと九条さんは……秘書をやめて正解だったんだ……」朱莉は自分に言い聞かせ、正面に座っている受付嬢の所へ行くと声をかけた。「あの……副社長室にお花をお届けに参りました。秘書の方に渡したいのですが」ドキドキとうるさい程に朱莉の心臓は高鳴っている。まるで今にも口から飛び出るのではないかと思う程であった。そんな朱莉を見て受付嬢は怪訝そうな顔を見せた。「あの……どちらからのお届けなのでしょうか?」「はい。副社長の奥様でいらっしゃる鳴海朱莉様からの依頼でございます。注文を受けたのでお届けに参りました」これは朱莉が必死で考え着いた嘘である。何とか翔の新しい秘書と接触出来ないか、散々考え抜いての策だったのだが……。「副社長の奥様からですか? それでは少々お待ちいただけますでしょうか?」受付嬢は内線電話をかけると、繋がったのだろう。少しの間何か会話をしながら時々、こちらに視線を送ってくる。やがて内線電話を切ると、受付嬢は朱莉に声をかけた。「今、副社長の秘書が参りますので少々お待ちください」「はい。分かりました」朱莉は少し下がったところで翔の新しい秘書がやって来るの

    Last Updated : 2025-04-18
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-16 朱莉の大胆な行動 2

    「あ、あの……すみません!」「はい。何でしょうか?」振り向く姫宮。「実は伝言を頼まれたんです」「伝言ですか?」「はい。実は副社長がお忙しそうだと思い、なかなか自分からメッセージを入れにくいので伝言を伝えておいて下さいとお願いされたんです。車を買いました。ありがとうございます、仕事が終わった後連絡下さいとのことでした。副社長に伝えておいていただけますか?」朱莉は頭の中で何度もシミュレーションした台詞を口にした。「……分かりました。副社長に伝えておきますね」姫宮は一瞬訝し気な目で朱莉を見たが、一礼して去って行った。その後ろ姿が見えなくなるまで朱莉は見送った。心臓はまるで早鐘のように打っていたが、何とか姫宮と接触を果たすことが出来たのだ。「怪しまれないうちに早く帰らないと……朱莉は足早にビルを後にした――**** ウィークリーマンションに辿り着いても、まだ朱莉の心臓はドキドキしていた。「私ってこんなに大胆なことが出来る人間だったんだ……」震える両手を見ながら朱莉は呟くと、突如メッセージの着信を知らせるメロディーが鳴った。「え?」朱莉はメッセージの相手を見て驚いた。それは姫宮からだったのだ。(ま、まさか……姫宮さんは私の顔を知っていて、さっき会社を訪ねたのが私だってばれてしまったの……?)朱莉は震えながらスマホを握りしめ、緊張しながらメッセージを開いた。『奥様。姫宮でございます。ご無沙汰しております。先程花屋の女性から花束を受け取り、副社長室に飾らせて頂きました。奥様によろしくとお話ししておりました。夜に電話を入れることを伝えるように言われたのでご連絡させていただきました。それでは失礼致します』朱莉は姫宮のメッセージを読むと安堵のため息をついた。「良かった……姫宮さんには私のことがばれなかったみたいで……でも…」朱莉はそこで悲しそうな顔をした。「多分翔先輩は明日香さんの話は姫宮さんに話しても……きっと私のことは姫宮さんには話していないんだろうな……私の顔だって知るはずないよね」そう、所詮自分は仮初の妻。後数年もたてば、朱莉と翔の離婚が成立して2人はまた元の赤の他人に戻る……それだけの関係。(でも姫宮さんと翔先輩の関係はこの先もきっと続くんだろうな……)それを思うと、朱莉は無性に寂しい気持ちに襲われるのだった――****

    Last Updated : 2025-04-18
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-17 目撃 1

     7時―― 朱莉は部屋のカーテンを開けた。まだ東京は梅雨明けをしていないので、空は灰色の雲で覆われて雨がシトシトと振っている。その憂鬱な空を見上げながら朱莉は溜息をついた。結局昨夜は一度も翔から連絡が入らず、心に引っかかっていたのだ。(姫宮さんが伝言を翔先輩にわざと伝えなかったか、それとも翔先輩が忙しくて連絡を入れられなかったのか……その内のどちらか1つなんだろうけど……)出来れば後者であって欲しい……もし仮に姫宮が朱莉からの連絡を翔に伝えていなければ、もう翔からは連絡がこないかもしれない。気付けば朱莉は窓の外をボンヤリと眺めていたが、こうしていても仕方が無い。今日は億ションへ一度着替えを取りに戻ろうと思っていたので、朱莉は出掛ける準備を始めた。どうせあと数日でこのウィークリーマンションを出なくてはならない。今回朱莉が東京へ出てきたのは翔の浮気調査が目的で、あまり気分の良いものではなかった。何をするにも憂鬱な気分で、朱莉は料理をする気力も持てなかった。朝食を買いにコンビニへ行こうと、玄関で靴を履いて傘を持った時に、スマホに着信が入った。(まさか、翔先輩!?)期待しながら確認すると、それは明日香からであった。(明日香さん……)昨夜は翔からの連絡は来なかった。その事を告げるときっと明日香は落胆するだろう。明日香のことを思うと気が重かった。一体どんなメッセージを送って来たのだろうか……。『おはよう、朱莉さん。今朝のニュースで東京の天気を見たけれども、梅雨の寒い日が続いているそうね。風邪引かないように温かい恰好をしていた方がいいわよ。最近お腹の調子が良くなってきたの。退院できる日が楽しみだわ。そしたら何か貴女にお礼させてちょうだい』「明日香さん……」明日香のメッセージを読んで、朱莉は目頭が熱くなった。本当は翔のことを尋ねたいはずなのに、朱莉のことを気遣って、報告をじっと待っていようとする明日香の気持ちが伝わってくる。朱莉は明日香にメッセージを書いた。『おはようございます。明日香さん。こちらは確かに寒いですが、コートを持って来ているので私は大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます。数日以内には沖縄へ戻ります。その時には明日香さんにとって良い報告を持って帰る事が出来ればいいなと思っています』内容を確認すると、メッセージを送信した。朱莉は

    Last Updated : 2025-04-19

Latest chapter

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-39 助けを求める瞳 2

    「ああ、そうだ。1人目のアイツは鳴海翔のことだ。そして2人目のアイツは京極正人の方だ。で、どっちのアイツから言われたんだ!?」航の真剣な様子とは裏腹に奇妙な言い回しのギャップがおかしくなり、朱莉は思わず笑ってしまった。「フフフ……」「な、何だ? 朱莉。急に笑い出したりして。とうとう悩みすぎて現実逃避でもしてしまったか!?」焦りまくる航の様子が更におかしくて、朱莉は笑った。「う、ううん。フフフ……そ、そうじゃないの。航君の様子が……お、面白くて、つ、つい……」「朱莉……?」(何だ? 今俺、そんなにおかしなこと言ってしまったか? 焦って妙なことでも口走ったか?)「ご、御免ね……。航君。航君は……フフッ。し、心配してくれているのに笑ったりして……」そして暫く朱莉は笑い続けていたが、その様子を航は黙って見ていた。(いいさ、俺の言動で朱莉を楽しい気持にさせられたなたら少しは朱莉の役にたててるってことだよな?)ようやく笑いが収まった朱莉は事情を説明した。「実はね、京極さんから電話がかかってきたの」「そうか、やはり電話の相手は京極のほうからだったのか。それでアイツは何て言ってきた?」そこまで言って、航はハッとなった。「ご、ごめん。朱莉のプライベートな話だったよな。口を挟むような真似をして悪かった」普段から仕事で個人情報を取り扱う機会が多い航は、咄嗟にそのことが頭に浮かんでしまった。「何で? そんなこと無いよ。むしろ……」朱莉はその時、突然航の左腕を掴んだ。「迷惑じゃないと思ってくれるなら……口……挟んで……?」「朱莉……」朱莉のその目は……航に助けを求めていた——****「あの京極って男に下手な嘘は通用しないぞ」今、航と朱莉は2人で向かい合わせにリビングのソファに座って話しをしていた。「そう……だよね……」「京極に限らず、恐らく他の誰もが嘘だと思うだろう。第一、子供を産む状況にしてはあまりにも不自然な点が多すぎる。本当に鳴海翔は何を考えているんだ? いや……恐らく、あの男は何も考えていないんだろうな。面倒なことは全て朱莉に丸投げしてるんだから。少しでも誠意のある男なら、色々な手を使って不測の事態が起こっても大丈夫なように根回しをするだろう。それなのに……」航は悔しくて膝の上で拳を握りしめている。「航君……」今迄朱莉はそん

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-38 助けを求める瞳 1

     その日の21時― 食事を終えて航がお風呂に入っている間、朱莉は後片付けをしていた。食器を洗っている時に、朱莉の個人用スマホに電話の着信を知らせる音楽が鳴り響く。(ひょっとして京極さん?)水道の水を止め、慌ててスマホを確認するとやはり相手は京極からだった。朱莉はバスルームをチラリと見たが、航が上がって来る気配は無い。緊張する面持ちで朱莉は電話に出た。「はい、もしもし……」緊張の為、朱莉の声が震えてしまう。『朱莉さんですね…』受話器越しから京極の声が聞こえる。「はい、そうです」『良かった……嫌がられてもう電話に出てくれないのでは無いかと思っていたので』京極から安堵のため息が漏れた。「いえ、そんなことは……それに明日会う約束をしていますから」『本当に僕と会ってくれるのですか?』「え?」(だって、京極さんから言い出したんですよね……? 一度約束したことを断るなんて……)「で、でも今日明日会う約束をしましたよね? だから断るなんてしません」朱莉は躊躇いながら返事をした。『人は……簡単に約束なんか破るものですよ』京極は何処か冷淡な、冷めた口調で言う。「え?」『あ、いえ……。朱莉さんに限って、そんなことはするような人じゃないのは分かっています。ただ……』京極はそこで一度言葉を切る。『彼は今、そこにいるのですか?』「彼? 航君のことですか? 今お風呂に入っていますよ」朱莉はバスルームに視線を移すと返事をした。『そうですか。それで明日なんですが、少し時間が早いかもしれませんが9時に会えませんか? 朱莉さんの住むマンションのエントランスで待ち合わせをしましょう』「9時ですね。分かりました」『ありがとうございます、朱莉さん。僕の願いを聞き入れてくれて』「ね、願いだなんて大袈裟ですよ」京極の大袈裟ともいえる発言に朱莉は思わず狼狽してしまった。『それではまた明日。おやすみなさい』「はい、おやすみなさい」それだけ言うと電話は切れた。「……」朱莉はスマホを握りしめたまま考えていた。(どうしよう……もう、私が妊娠していないってことは京極さんにバレてしまった。翔先輩には何とかうまい言い訳をして欲しいって言われたのに……)いっそ、もう子供は出産したと言ってしまおうか? 早産になってしまったので今生まれた赤ちゃんは病院の保育器

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-37 水族館で 2

    (え……? あ、朱莉……。それは……一体どういう意味なんだ!?)航は次の朱莉の台詞に期待しながら尋ねた。「あ、朱莉。何故俺だと楽しく感じるんだ?」「うん。それはね……航君だと気を遣わなくて済むって言うか、一緒にいて楽な人……だからかなあ?」「あ、朱莉……」(え……? こ、こういう場合俺はどう解釈するべきなんだ? 喜ぶべきなのか? それともがっくりするべきなのか? わ、分からねえ……やっぱり朱莉の気持ちが俺には分からねえ……)朱莉の発言に航は頭を抱えてしまうのだった—―****「残念だったな。あの水族館で食事出来なくて……」駐車場に向って歩きながら航が残念そうに言う。「うん。でも仕方が無いよ。だってあんなに大きな水槽を観ながら食事が出来るお店だよ? 誰だって行ってみたいと思うもの。でも、私は大丈夫。だってもう十分過ぎる位水族館を楽しんだから」朱莉は笑顔で答える。「また……きっといつか来れるさ」「そうだね。私は多分このまま明日香さんが赤ちゃんを産んで帰国する直前までは沖縄にいることになりそうだから」「朱莉…」朱莉の言葉に航は胸が詰まりそうになった。(そうだ……。俺は2週間後には東京へ帰らなくてはならない。いや、それどころか、大方依頼主の提示して来た証拠はもう殆ど手に入れたんだ。だからその気になれば明日東京に帰っても何の問題も無い……)だが、航は当初の予定通り3週間は沖縄に滞在しようと考えていた。それは朱莉を1人沖縄に置いておくのが心配だからだ。(いや、違うな。本当は俺が朱莉から離れたくないだけなんだ。朱莉にとって、俺は弟のような存在でしか無いのかもしれない。でも……それでもいいからギリギリまでは朱莉の側に……) 例え4カ月後に朱莉が東京に戻って来れたとしても、その時の朱莉は鳴海翔と明日香の間に出来た子供を育てていくことになるのだ。そうなると、もう航は子育てに追われる朱莉と会うことが叶わなくなるだろう。だから、それまでの間は出来るだけ東京行を引き延ばして、沖縄で朱莉との思い出を沢山作りたいと航は願っていた。「……」航は隣を歩く朱莉をチラリと見た。朱莉は周りの美しい風景を眺めながら歩いている。そんな朱莉を見ながら航は声をかけた。「よし、朱莉。それじゃちょっと遅くなったけど、何処かで飯食って行こう!」「うん、そうだね。何処で食

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-36 水族館で 1

     高速道路を使って2時間程車を走らせ、朱莉と航は美ら海水族館のある海洋博公園へと到着した。「朱莉、ほら行くぞ」駐車場を出ると航は後ろを歩く朱莉に振り向いて声をかけた。「うん」朱莉は人混みの間を縫うようにして航の隣にやって来た。「それにしてもすごい人混みだね。平日なのに」「ああ、そうだな。この間は水族館の中には入らなかったけど、まさかこんなに人が来ているとは思わなかった。もうすぐ夏休みだって言うのにこの人混みじゃ夏休みになったらもっと混むかもな」「うん。駐車場も結構混んでいたものね」「よし、それじゃ行くぞ。朱莉、はぐれないようにな」言いながら航は思った。(朱莉が彼女だったら、はぐれないように手を繋いで歩くことも出来るんだけどな……。しかし朱莉は書類上人妻だ。そんな真似出来るわけないか)等と考え事をしていたら、再び朱莉を見失ってしまった。「朱莉? 何所だ?」航はキョロキョロ辺りを見渡すと、航のスマホに着信が入ってきた。着信相手は朱莉からであった。「もしもし、朱莉? 今何所にいるんだ!?」『今ね1Fのエスカレーターの前にいるの』「エスカレーター前だな? よし、分かった! すぐ行くから朱莉、絶対にそこを動くなよ!」航は電話を切ると、急いで朱莉の元へと向かった。「朱莉!」「あ、航君」朱莉がほっとした表情を顔に浮かべた。「すまなかった、朱莉。まさか本当にはぐれてしまうとは思わなかった」「うううん、いいの。こんなに混んでいれば仕方ないよ。私、それにあんまり出歩かないから人混みに慣れていなくて」「だったら……」航はそこまで言いかけて、言葉を切った。(駄目だ……手を繋ごうか……なんてとても朱莉に言える訳ない)「どうしたの航君?」朱莉は不思議そうな顔で航を見た。「い、いや。それじゃ、なるべく壁側を歩くか」「うん、そうだね」そして2人は壁側を歩き、順番に展示コーナーを見て回ることにした。「うわあああ~すごーい」朱莉が目を見開いて、声を上げた。「ああ、本当にすごいな。水族館は何回か行ったことがあるけど、こんな巨大水槽を見るのは初めてだ」航も感心して見上げる。朱莉と航は今、巨大水槽『アクアルーム』で巨大ジンベイザメや巨大なマンタなどが泳ぐ姿を眺めている。それはまさに目を見張るような光景で、朱莉はすっかり見惚れていた。そん

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-35 車内での口論とその後の展開 2

    「朱莉さん……」京極が顔を歪めた。「朱莉……」航は朱莉の悲しそうな顔を見て激しく後悔してしまった。(くそ! あいつに煽られてつい、言い過ぎてしまった)「ごめん、悪かったよ朱莉。俺のことは気にするな。2人で出掛けるといい。俺は邪魔するつもりはないからさ」航は無理に笑顔を作った。(そうさ。所詮俺がいくら朱莉のことを思っても朱莉にとっての俺は所詮弟なんだから。だったら京極の方が朱莉にお似合いだろう。あいつは地位も名誉もある。俺とは違う大人なんだから)「航君……。私は航君と出かけたい……よ? だって航君と一緒にいると楽しいし」朱莉が声を振り絞るように言う。「朱莉……」すると後ろで何を思って聞いていたのか、京極が声をかけてきた。「安西君。悪いですが、そこのコンビニの前で止まってくれませんか?」「何か買い物でもあるんですか?」「……」しかし京極は答えない。(チッ……! 無視かよっ!)「はい、着きましたよ」航はコンビニの駐車場に停めると京極に声をかけた。「ああ、ありがとう。それじゃ、俺はここで降ります。あなた達だけで行って下さい」京極の口から思いがけない言葉が飛び出してきた。「え?」航は驚いて京極を振り返った。「京極さん?」朱莉も驚いている。「すみませんでした。安西君。朱莉さん。無理矢理ついて来てしまって。朱莉さんの気持ちも考えず、本当にすみません」京極は頭を下げると、車を降りた。「京極さん! あ、あの……私……」朱莉が声を掛けると、京極は寂し気に笑みを浮かべる。「朱莉さん……明日は……いえ、お願いです。明日は僕に時間を頂けませんか?」「あ……」(どうしよう……航君……)朱莉は助けを求めるように航を見た。すると航は肩をすくめる。「いいんじゃないか? 朱莉。京極さんと会えば。俺は明日仕事があるからさ」(え? でも、もう殆ど仕事は終わったって言ってたじゃない?)しかし、朱莉は気が付いた。それは航の気遣いから出た言葉だと言うことに。「分かりました。明日大丈夫です」「そうですか、ありがとうございます。それでは何所へ行くかは知りませんが、楽しんできてください」京極は笑顔で言うと車から頭を下げてコンビニへ向かって歩いて行った。その後ろ姿を見届けると航は言った。「朱莉、行こうか?」「うん……行こう」そして航は

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-35 車内での口論とその後の展開 1

     車内はしんと静まり返り、一種異様な雰囲気を醸し出していた。誰もが無言で座り、口を開く者は1人もいない。(くそっ! こんな空気になったのも……全ては何もかもあの京極のせいだ……)航はイライラしながらバックミラーで京極の様子を確認すると、彼は何を考えているのか頬杖を突いて、黙って窓の外を見ている。(本当に得体の知れない男だ。こんなことになるなら、あいつのことももっと調べておくべきだったな)その時ふと隣から視線を感じ、チラリと助手席を見ると朱莉が心配そうな顔で航を見つめていた。その瞳は不安げに揺れていた。(朱莉……そんな心配そうな目で見るな。安心しろ、俺が何とかしてやるから)心の中で航は朱莉に語りかけると言った。「朱莉、車内に何かCDでも積んであるか? もしあるなら車内で聞こうぜ」「え、えっとね……。それじゃ映画のテーマソング集のCDがあるんだけど……それでもいい?」「ああ、勿論だ。何てったって、この車は朱莉の車だからな」航は笑顔で言いながら、チラリとバックミラーで京極の顔を見ると、不機嫌そうな顔で腕組みをして前を向いていた。「これ……なんだけど。かけてもいい?」「ああ、いいぞ。それじゃ入れてくれるか?」航の言葉に朱莉は頷くと、CDを入れた。すると美しい女性の英語の歌声が流れてくる。「ふ~ん……初めて聴くけどいい歌だな。これも映画の歌なのか?」するとそれまで黙っていた京極が口を開いた。「朱莉さん、この映画は『オンリーワン』というハリウッドの恋愛映画ですね。この映画、朱莉さんも観たんですか?」「え、ええ……あの、テレビで夜中に放送した時に録画して観たんです」朱莉は躊躇いがちに答えた。すると京極は続ける。「前回は一緒に映画の試写会へ行くことが出来なくて残念でした。でも朱莉さん、また試写会のチケットは貰えるので、今度手に入ったらその時こそ御一緒して下さいね」「は、はあ……」朱莉は曖昧に返事をした。京極はにこやかに話しかけてくるが、朱莉は内心ハラハラして仕方が無かった。何故、京極は前回朱莉が行くことが出来なかった試写会の話を今、しかもよりにもよって何故航の前でするのだろうか?朱莉は恐る恐る航を見ると、航は何を考えているのか無言でハンドルを握りしめ、前を向いて運転している。(航君……)朱莉にとってはまさに針のむしろ状態だ。しかし

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-34 京極のもう一つの顔 2

    「は、はい……すみません……」項垂れる朱莉に航は声をかけた。「朱莉、別に謝る必要は無いぜ」「! また君は……っ!」京極は敵意の込めた目で航を見た。「ところで京極さん。そろそろいいですか? 俺と朱莉はこれから2人で出掛けるんですよ。話ならメールでお願いしますよ。それじゃ、行こう。朱莉」航が朱莉を手招きしたので、朱莉は京極の方を振り向くと頭を下げた。「すみません。京極さん……。何故沖縄にいらっしゃるのかは分かりませんが、また後程お願いします」そして朱莉は航の方へ歩いて行こうとしたとき、京極に右腕を掴まれた。「!」朱莉は驚いて京極を見た。「朱莉さん……待って下さい」「朱莉!」航は朱莉の名を呼ぶと京極を睨んだ。「……朱莉を離せ」「……」それでも京極は朱莉の右腕を掴んだまま離さない。「あ、あの……京極さん。離していただけますか?」「嫌です」京極は即答した。「え?」朱莉は耳を疑った。「僕も一緒に行きます。いえ、行かせて下さい」「な、何を……っ!」航は京極を睨み付けた。「朱莉さん、お願いです……。僕もついて行く許可を下さい……」その声は……どこか苦し気だった。「あ、あの……私は……」朱莉にはどうしたら良いのか判断が出来ず、助けを求めるように航を見つめた。(朱莉は今すごく困ってる。俺に助けを求めているんだ……! きっと朱莉の性格では京極を断り切れないに決まってる。だったら俺が決めないと……)「……分かりましたよ。そんなについてきたいなら好きにしてください」航は溜息をついた。「……何故、君が判断をするんですか?」京極はどことなくイラついた様子で航に言う。するとすかさず朱莉が答えた。「わ、私は……航君の意見を優先します」「朱莉さん……」京極は未だに朱莉の右腕を掴んだまま、何所か悲しそうな目で朱莉を見つめた。「……もういいでしょう? 貴方は俺達と一緒に出掛けることになったんだから朱莉の手を離してくれませんか?」航は静かだが、怒りを込めた目で京極を見た。「分かりました、離しますよ」そして朱莉から手を離すと京極は謝罪してきた。「すみません。朱莉さん。手荒な真似をしてしまったようで」「いえ……別に痛くはありませんでしたから」朱莉は俯きながら答えた。そんな様子の朱莉を見て、航は声をかけた。「朱莉、助手席に乗

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-34 京極のもう一つの顔 1

    「君は一体誰だい? しかも彼女のことを『朱莉』って呼び捨てにしたね? どう見ても君は朱莉さんよりも年下に見えるけど?」京極はどこか挑戦的な目で航を見ている。「あ、あの……京極さん。彼は……」朱莉が慌てて口を挟もうとしたところを航が止めた。「いいよ、朱莉。俺から説明するから」すると再び京極の眉が上がった。(ふん。俺が朱莉って呼び捨てにするのが余程気にくわないらしいな)航は心の中で思いながら京極を見た。「俺は、安西航って言います。貴方のお名前も教えてくださいよ」航は口角を上げながら京極に尋ねた。(え……? 航君……京極さんの名前、知ってるんじゃなかったの……?)朱莉は心配そうな目で航を見ると、2人の目と目が合った。航は朱莉と目が合うと心の中で語り掛けた。(大丈夫だ、朱莉。俺に任せておけ)そして改めて京極を見た。「僕は京極正人と言います。東京では朱莉さんと親しくお付き合いさせていただいていました」京極は朱莉を見るとニコリとほほ笑んだ。「……」朱莉は困ってしまい、俯く。(京極さん……あの写真……姫宮さんと一緒に写った写真さえ見なければ貴方を不審に思うことは無かったのに……」朱莉のその様子に気づいたのか、京極が声をかけてきた。「朱莉さん? どうかしましたか?」「い、いえ。何でもありません」朱莉はとっさに返事をし、不安げに航に視線を移す。(朱莉……そんな心配そうな顔するな)そんな朱莉を見た京極は敵意を込めた目で航を睨んでいる。「君の名前は分かりましたけど何故、彼女を呼び捨てにするんです? それに何故朱莉さんと一緒にいるんですか?」「俺は今朱莉と一緒に住んでるからですよ」「何!?」京極が険しい顔で航を見る。「航君……!」しかし、航は涼しい顔で答えた。「俺は朱莉のいとこで、東京の興信所で働いているんです。今回は調査のために沖縄へやって来たので、朱莉の家に仕事が終了する期間まで居候させて貰ってるんですよ」それを聞いた京極は朱莉を見ると尋ねた。「今の話は……本当ですか?」「え……あ、あの……」朱莉が口ごもると航が言った。「本当は沖縄で安い宿泊所に泊まろうかと思っていたんですよ。いとこって言っても男と女ですからね。だけど、宿泊所が何所もいっぱいで親切な朱莉が居候させてくれたんです。そうだろう、朱莉?」(航君……。

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-33 前兆 2

     朱莉と航は向かい合わせで食事をしていた。航はキーマカレーが余程気に入ったのか、既に2杯目を食べている。「朱莉。明日だけど何時にここを出ようか?」「私は別に何時でも構わないよ。でも、出来ればゆっくり水族館の中を見たいな。あ、あのね……航君笑わないで聞いてくれる?」朱莉は恥ずかしそうに俯くた。「何だ? 遠慮せずに言えよ。別に笑ったりしないから」「本当? それじゃ言うけど……実は私この年になっても、まだ一度も水族館て行った事が無いんだ」「え? そうなのか? それじゃ俺と明日行くのが初めてなのか?」それを聞いた航は自分が情けないほど、口元が緩んでしまった。「あ……やっぱり笑ってる?」朱莉が上目遣いで航を見た。「い、いや。違うって。そうじゃないんだ。ただ……朱莉の初めての相手が俺だってことが嬉しくて……」航は言いかけて、途中でとんでもない発言をしてしまったことに気が付いた。(し、しまった……! マ、マズイ。今の言い方、捕らえようによっては……俺、恐ろしいことを口走ってしまったぞ!)恐る恐る朱莉を見る。けれど朱莉は何を考えているのか、美味しそうにキーマカレーを食べ続けている。(よ、良かった……朱莉が極端に鈍い女のお陰で助かった……)航は心の中で安堵し、明日のスケジュールを頭の中で考えた。美ら海水族館の開始時間は8:30からである。(開始時間に合わせていくと6時には出た方がいいかもしれないけど、それだと早すぎだからな……)「よし、朱莉。明日は9時に出よう。ちょっと出るには遅い時間かもしれないが、別に明日は水族館だけ行けばいい話だからな。他の場所はまた翌日に行こう」「うん」航の言葉に朱莉は笑みを浮かべて頷いた——****  そして、日付が変わって翌日の朝――夜の内に洗濯を済ませておいた朱莉はベランダに洗濯物を干していると、航が部屋から出てきた。「おはよう、航君。サンドイッチを作ったから一緒に食べよう」「ええ!? 忙しくなかったか? 朝っぱらからサンドイッチを作るなんて」「そんなこと無いよ。意外と簡単なんだから。さ、食べよ」朱莉が用意したサンドイッチは卵サンドに、ハムレタスサンド、そしてツナサンドだった。そしてそれを野菜ジュースと一緒に食べる。「うん、朱莉は本当に料理が上手だよな」航はサンドイッチを口にしながら朱莉を見つ

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status